大判例

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東京高等裁判所 昭和54年(ラ)346号 決定

抗告人 学校法人嘉悦学園

右代表者理事 嘉悦康人

右訴訟代理人弁護士 佐藤公重

同 大庭登

相手方 学校法人法政大学

右代表者理事 中村哲

右訴訟代理人弁護士 遠藤光男

右訴訟復代理人弁護士 耕修二

相手方 株式会社竹中工務店

右代表者代表取締役 竹中錬一

右訴訟代理人弁護士 我妻源二郎

同 海谷利宏

同 神洋明

同 馬場康守

主文

本件抗告を棄却する。

抗告費用は抗告人の負担とする。

理由

一  抗告人は、「原決定を取り消す。相手方らは、原決定添付物件目録(一)記載土地上に、第一次的に同目録(二)記載建物について、第二次的に同目録(五)記載建物以上の建物について、第三次的に同目録(六)記載建物以上の建物について、建築工事をしてはならない。」との裁判を求めるというのであり、その抗告理由の要旨は、次のとおりである。

1  原決定は、本件建物(相手方大学が建築を予定している建物)による抗告人の校庭部分及び校舎に対する日照阻害の著しいこと、本件建物の規模を抗告人主張の目録(六)建物のように縮小すれば、それによる冬至期における校庭部分への日照阻害も、立春、立冬期における本件建物によるものよりもやや緩和された程度、すなわち、終日約六割の日照が確保された状態となり、抗告人校舎部分への影響はほぼ消失することを認めたのにかかわらず、本件建物を右のように縮小することは、相手方大学にとって、本件建物を建築することのメリットが余りに減殺され過ぎるというけれども、そのようなことはないのみならず、右縮小された分に対応する建物を相手方大学の敷地の他の部分に建てることによって、メリットの減少を充分に補うことができるのであるから、右判示は不当である。また、原決定は、一方では前記のように本件建物の縮小により、日照阻害の著しい減少を認めながら、他方で、建物のわずかの縮小をしても、抗告人への日照阻害はほとんど減少しないと判示しているのは矛盾である。右のように、原決定には、結果回避の可能性について重大な判断の誤りがある。

2  原決定の判示によれば、抗告人が学校であって、その教育施設の健全な維持(日照の確保)を図ることを要請される立場にあることは、当然には本件建物の建築差止の根拠となり得ないというのであるが、これは、抗告人の立場を全く無視し、日照阻害に対する受忍限度に関する根本的な判断の誤りを犯したものである。

3  また、原決定の判示中に、地域性不適合を根拠に本件建物の建築を違法であるとすることは無理であるとして、隣地の日照が十分確保されていない本件建物の建築を違法でないとするけれども、それは、校舎、校庭の日照が教育環境権として、充分保護されるべきであるとする確立された権利概念に反するし、本件敷地が住居地域であることを軽視したものである。

4  原決定は、本件建物と既存建物との複合日影による抗告人校庭の日照阻害が、冬至期の昼ころから午後二時ころにかけて相当に顕著であることを認めながら、その時期に冬期休暇の存することを理由に、右日照阻害の存在も建築差止の根拠としては十分でないとしているけれども、教育環境における校庭、校舎の日照の重要性は、特に冬期において、より高いものというべきであって、右の説示は建築差止の根拠が十分でないとの結論を無理に引出すためのものである。また原決定によれば、日照阻害は、昼ころから午後二時ころにかけて相当に顕著であるというのであるが、最も太陽光線の強い時間帯における日照阻害が顕著であれば、その前後の日照阻害が、割合としてはそれを下廻るものであっても、太陽光線それ自体が弱いのであるから、日照の阻害は、実質的には昼ころから午後二時ころまでとほとんど変りなく顕著であるというべく、したがって、原決定のように、わざわざ昼ころから午後二時ころというように時間帯を限定しても、意味のないことである。原決定がこのような限定的表現をしているところにも、本件の日照阻害が建築差止の根拠として十分でないとの結論を、無理に引出そうとしたものであることが充分に伺える。

二  本件は、相手方大学が相手方工務店に請負わせて、前記目録(一)記載土地(本件敷地)に建築しようとしている本件建物が、抗告人の経営する学校の日照を阻害するとして、本件建物の建築工事について、差止の仮処分を求めるものであるが、本件疎明資料によって、当裁判所が一応認めた事実及びこれに基づく判断は、次のとおり訂正、付加するほか、原決定がその理由第一及び第二(原決定三枚目・表五行目から一二枚目表六行目まで)のとおりであるから、これをここに引用する。

1  原決定四枚目表初行の「南北」から二行目の「五六メートルの」までを、「南北については東側で約二五メートル、西側で約四〇メートル、中央附近では北側に突出して約五六メートルの中ふくらみの」に改める。

2  同三行目の「コの字形」を「変形コの字形(原決定添付図面参照)」に改める。

3  同六行目の「駐車場」から八行目の「なる。」までを、「本件建物は、右集英社々屋の西側に、申請外河本眼科所有駐車場(東西二四メートル)を右社屋との間にはさんで、建つことになる。」に改める。

4  五枚目表末行の「なっている。」の次に、「そして、本件建物については、昭和五三年四月一八日東京都建築主事の建築確認を受けている。」を加える。

5  五枚目裏八行目の「二割」を「二割五分」に、同行「一四時ころ」を「一三時ころ」に、同行から九行目の「一五時ころ約二割」を、「一四時ころから一五時ころ約五割五分」に、それぞれ改める。

6  同一〇行目の「約五割近く」を、「五割強」に改める。

7  六枚目表初行冒頭の「右同様の場合の」を、「また、冬至期における本件建物による」に改める。

8  同九行目冒頭の「本件建物」から、同裏初行の「約六割である。」までを、次のように改める。

「本件建物及び既存建物(集英社々屋、相手方体育館のほか、抗告人の校舎も含む。)による抗告人校庭部分への冬至期における日照阻害は、九時ころ約七割、一〇時ころ約五割、一一時ころ約六割、一二時ころ約八割(抗告人西側校舎によるもの極く一部、集英社等によるもの約三割)、一三時ころ約八割五分(抗告人西側校舎のもの約一割、集英社等のもの約二割五分)、一四時ころ約九割五分(抗告人西側校舎のもの約二割五分、集英社等のもの約一割五分、競合日影約五分)、一五時ころ約八割五分(抗告人校舎のもの約三割、競合日影約五分)である。」

9  六枚目裏二行目の「右同様の場合の」を、「右各同建物(但し抗告人西側校舎によるものを除く。)による」に改める。

10  同六行目から末行までを、次のように改める。

「右複合日影中、相手方体育館によって生ずるものは、午前九時ころ校庭部分の約二・五割、校舎の約三・五割であり、以後一五時にほとんどなくなるまで漸減する。」

11  六枚目裏末行と、七枚目表初行との間に、次のとおり加える。

「3 本件敷地には、従前、木造家屋(以下旧家屋という。)が存在していたが、それが抗告人校庭に作出していた日影は、一〇時ころから一三時ころにかけて約一割五分、一四時ころ約二割、一五時ころ約二割五分であり、右旧家屋及びその他の既存建物による抗告人校庭の複合日影は、一〇時ころ約五割五分、一一時ころから一三時ころにかけて約五割(抗告人西側校舎によるもの一二時ころ約五分一三時ころ約一割)、一四時ころ約六割五分(抗告人西側校舎によるもの約二割五分)、一五時ころ約六割(抗告人西側校舎によるもの約三割)であった。

12  八枚目表四行目の「本件建物による」から同八行目の「消失する。」までを、「右建物による抗告人校庭部分への日照阻害は、一〇時ころから一一時ころにかけて約一割、一二時ころ約一割五分、一三時ころから一四時ころにかけて約二割、一五時ころ約三割であり、既存建物との複合日影は、一〇時ころから一二時ころにかけて約五割、一三時ころ約六割、一四時ころ約六割五分、一五時ころ約六割五分であって、ほぼ従前と同程度の日照が確保されることになる。」に改める。

13  同裏二行目の「2なお、」から同七行目の「期待できない。」までを削る。

三  抗告人は、原決定に対する抗告理由としてるる述べるから、以下前記疎明事実に基づいて判断する。

1  抗告理由1について

前記疎明事実によれば、本件建物が完成した場合に予想される抗告人の校庭部分に生ずる複合日照阻害は、冬至期において、一〇時ころ約五割、一一時ころ約六割、一二時ころ約八割、一三時ころ約八割五分、一四時ころ約九割五分、一五時ころ約八割五分であって、従前の冬至期における校庭部分の日影が、一〇時ころ約五割五分、一一時ころから一三時ころ約五割、一四時から約六割五分、一五時ころ約六割であったのに比べて、かなり増大することは、抗告人主張のとおりである。しかしながら、相手方大学が本件建物を建築する目的は、その校舎設備が大学設置基準の約二割も不足しており、中でも、研究室、図書館は、他の大学の約三割ないし四割しか具っていない状況にあるので、これを補完することにある。しかも、本件建物が完成しても、なお大学設置基準の要求する図書館の閲覧席数を充足するには足りないし、研究室に至っては、ようやく他の私立大学の五割から七割程度に達するに過ぎず、水準に達するには、なお程遠いとさえいえる事情にある。仮に、抗告人の主張するように、本件建物を縮小して建築するとすれば、抗告人はほぼ従前どおりの日照を確保することができるけれども、これに反して、右建物は、屋階、塔屋階を除き、延面積において本件建物の三分の二程度に過ぎない(ちなみに付言すれば、日照を阻害する地上階部分に限って対比すると、二分の一以下である。)から、相手方大学が本件建物を建築する必要性を充すには遙かに及ばないものであって、建築目的の意義を失わせかねず、ひいては、相手方大学の研究、教育機関としての社会的使命を果し得ないおそれのあることを否定することができない。もっとも、本件建物を縮小し、その縮小分を従前の図書館建物で、またはその跡地に別の建物を新築することによって、埋め合わすことができるとの論もあり得ようが、相手方大学の校舎設備は、本件建物が完成してもなお不足であることは疎明事実から明らかであるから、本件建物完成後、それまでの図書館またはその跡地が更になんらかの施設に供用されるであろうことは、容易に推認されるところである。このように見てくると、相手方大学にとって本件建物を縮小することはきわめて困難な事情にあるというべきであり、また、本件建物を建築するために本件敷地のほかに適当な敷地を求めることが現実的に可能であることの疎明資料はなく、かえって、右代替地のないことが一応認められる。結局、相手方大学は、前示の日照阻害の結果を生じさせることなく本件建物を建築する可能性を見出すことは困難であるといわざるを得ないから、原決定には、結果回避の可能性について重大な判断の誤りがあるとする抗告人の所論は、理由がないというべきである。

2  抗告理由2について

抗告人も学校を経営する法人であり、本件建物によって日照を阻害されるべき抗告人所有土地は、抗告人の学校用地であるところ、学校においても日照享受の利益が保護されるべきは当然であり、学校を経営する者が、教育施設の健全な維持のために、学校における日照の確保を図るよう要請される立場にあることは明らかである。しかしながら、だからといって、抗告人の学校の日照を阻害する行為が、すべて当然に違法であるとすることはできない。それが違法であるかどうかは、日照阻害の原因たる行為により生ずる利益と右行為によって侵害される利益との相関々係によって決定されるべきであることは、他の一般の場合と異るところはない。これを本件に即して言い換えれば、相手方大学が本件建物を建築した場合、これによって相手方大学が多大の利益を受ける反面、抗告人の学校の日照を阻害することになることは前述したとおり明らかなところであるが、それが抗告人との関係で権利濫用をもって目すべきものであるか、あるいは、右建築の結果生ずべき日照阻害が、社会通念上抗告人の受忍すべき限度を越えるものであるならば格別、そうでないかぎり被害を受けるのが学校だからといって、当然に右建築を違法とする訳にはいかない。したがって、抗告人が右学校の日照を確保することを要請される立場にあるからといって、直ちに本件建物の建築禁止を求め得ることにならないのは当然の理というべきである。抗告人が指摘する原決定の判示も、右の趣旨を述べたものと解され、かつ原決定は抗告人の右立場をも斟酌して判断したと認められるから、抗告人の所論は理由がない。

3  抗告理由3について

前記疎明事実によれば、本件敷地は、住居地域にあるけれども、東京都の日影条例に基づく日影による建物の高さの規制を受ける対象地区には該当せず、まして本件建物はすでに建築確認を経ており、その高さ及び日照阻害について法令の制限に牴触するものではない。そして、本件敷地は、第一種文教地区内に所在すると共に、国電中央線市ヶ谷駅近くのいわゆる都心部に位置し、近隣に一一階建の衆議院議員宿舎を始めとして、八、九階建のビルが少なからずあり、五、六階建の建物に至っては数多存在することに徴すると、本件敷地の周辺地域は、建築物の高層化の傾向が一層促進されるであろうことは否定し難いところである。これらの事情にかんがみると、本件敷地に本件建物が建築され、その結果、抗告人が前示した程度に日照を阻害されることになるとしても、右建築をもって、地域性に適合しない不当なものと断ずることはできないというべきである。本件敷地の南側に、道路を距てて靖国神社が隣接し、その地域においては建築物の高さが日影条例によって制限される(本件建物は、もし右地域内に建築されるのであれば、右制限に触れるものと疎明される。)けれども、これを考慮に入れるとしても、右判断に消長を来すものではないとしなければならない。何故なら、同地域における右条例上の制限は、同地域が信仰活動の場としての特殊性を有することに由来するであろうことは、容易に推察し得るところであるが、本件敷地を、右靖国神社地域と同様の規制の下に置くべき理由を見出し得ないからである。所論も採用できない。

4  抗告理由4について

本件建物が建築された場合、抗告人が従前享受していた日照がかなり阻害されることは既に述べたとおりであり、特に冬至期の午後における抗告人の校庭の日影は、従前のそれの四、五割も増大することになる。しかし、それは冬至期という最悪の情況の場合であって、立春、立冬期にはほとんど日照阻害はない。そのうえ、冬至期のころには、学校の冬期休暇があることは公知の事実である。これらの事情も、本件建築の違法性の有無を判断するについて、斟酌すべき一事情となることはいうまでもなく、これを前示した相手方大学の本件建物を建築するについての必要性、本件敷地の地域性、その他疎明される諸般の事情と合せて考えた場合、本件建物の日照阻害をもって、抗告人が本件建物の建築差止を求める根拠とするには、未だ十分ではないというべきである。

原決定の判示は、その措辞において、抗告人がしたような誤解を招き易い点がないではないけれども、その全体を通して見た場合、その真意は右の趣旨にあると解することができるから、原決定には、所論の違法はない。

四  以上のとおりの疎明事実及びこれに基づいて当裁判所が判断したところに照らせば抗告人の本件仮処分申請(主位的申請、予備的申請及び再予備的申請)は、いずれも被保全権利の存在が認められないから、これを却下すべきものであり、これと同趣旨に出た原決定は相当であるから、本件抗告は理由がない。

よって、本件抗告を棄却することとし、抗告費用について、民訴法四一四条、九五条、八九条を適用して、主文のとおり決定する。

(裁判長裁判官 森綱郎 裁判官 新田圭一 真榮田哲)

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